2014年02月07日

2つのアラベスク第1番

確かに前日の天気予報で全国的に雨だとは聞いていたけれど、兵庫を出て、大阪・京都・滋賀・岐阜から愛知へと車を運転している2時間ばかりのあいだ、途切れることなく高速道路の路面を雨が濡らし続けているのを見るのはなかなかに見ごたえがありました。改めて言うのもナニですが、世界は広く、雨は生真面目に降る。

工房にこもりがちのパン屋がかように遠出をするのにはいきさつがありまして、思い起こせば先日、枚方の家具町Lab.にベーグルをお届けに行った際、モザイク作家の碧さんから「愛知へ写真を撮りに来ませんか」とお誘いを受けました。

碧さんが仰るには、もうすぐ完成するモザイク作品があるのだけれど、大きくて運べないので撮りに来ませんか、と。なおかつ撮って欲しいのは完成後の作品ではなくて、完成後ではモルタルを流し込んで見えなくなってしまう裏面のでこぼことした石の表情を撮って欲しいとのこと。

お話を伺った印象ではなかなかに興味深く、面白そうではあったのですが、なによりも僕がやるべきは頂戴したパンのご注文に対し、最善を尽くしてお届けすることだと考えているので、生意気ではありますが他にお願いできる方がいらっしゃればそちらにお願いをしてくださいと言いました。
写真は後に残るものですから、パン屋が撮るよりは確かな腕を持つ人のほうがいいものが残せるとも思ったので。

すると碧さんは「知らない人には撮ってほしくなくて、村上さんに来て欲しいんです」とのこと。…そうこられましたか。

大切な作品だからこそ撮影技術は二の次で、顔の見える、知っている人にお願いしたいという気持。
僕の技術を求めているわけではなく、人と人とのつながりを大切にしているという思いにグッときてしまい、口では「少し考えさせてください」と言ったものの、すでに頭の中では予定の調整を始めていました。

そんなご縁を感じてお邪魔した工房は碧さんの人柄と同様にこざっぱりとしていました。
雨に周囲の音が吸い込まれていくような落ち着いた静けさの中、作品を拝見しました。
描かれていたのは織田信長がまだ元服前で吉法師という名前だった時代の姿。

天下人を目指す過程で選んだ冷酷な行いと、後に人々から恐れられた人柄を思えば、その表情が精悍ではあるものの、どこか穏やかな様子は意外に感じられました。
感想を率直にそうお伝えすると「信長という人は若い頃から近しい人の死に立ち会ったりして、人一倍哀しみや孤独を知っていたような気がして」と碧さん。

こうして肖像として拝見すると、いままで遠い存在だった織田信長に対して自分と変わらぬ人間味を感じられたことが可笑しく、イコン・肖像が醸し出す気配がこうも人の心に影響を与えるのかと新鮮な驚きがありました。


撮影中、碧さんにいろいろとお話を伺う中で興味深かったのは碧さんのモザイクとの付き合い方についてでした。

もともと大学では鉄の彫刻を専攻されていて、後に陶芸もやってこられているので、モザイクはあくまで表現手段のひとつにしかすぎないんだそう。…多才。

そしてひとつ作品を作り終える度に、今度は鉄でやろうか、はたまた土でやろうかと可能性をゼロから探るけれどもいつも決まって石を使ったモザイクに落ち着いてしまうんだとか。

「モザイクは大変だし、やっていて精神的に参ってしまうこともあるけれど、やっぱり石の持つ質感・佇まいの素晴らしさに魅せられてしまう。モザイクとは"腐れ縁"ですね」というお話を聞くと、やはりここでも"縁"か…と妙に感慨深く、面白いなぁと思いました。

また、長い間ギリシャでモザイクタイルの最前線で仕事をなさってこられたが故に感じられる日本人の国民性の話にもなりました。

「日本人は奥ゆかしい反面、あまりにも主張をしなさすぎると感じる」と碧さん。
全体として捉えた時に日本人としての心性が現れればいいのであって、個々人はもっと意見を持ち、それを声に出して明確にすべきではないか。
あまりにも周囲を気にしすぎて、主流派を見極めること・勝ち馬に乗ることに苦心するあまり、自分が主流派と合わないと感じた時に方向転換ができなくなってしまうのが怖い、と。

そう言われると、「プライドがないことについてはプライドがある」と豪語するほどプライドがなく、ナチュラルボーン日和見主義的風見鶏な僕は、「うっ」と言葉に詰まり何も言えなくなりましたが、碧さんが具体的に行動されている社会的な活動をお聞きすると、純粋に強くて偉い方だなぁと思いました。

前置きが長くなりました。
そんな中で撮った写真をご覧いただきます。
楽しんで撮ったのが伝わりますかどうか。


……では。


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ここに写るすべての石をお一人で割り、削り、並べていくことの凄さ。


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並べられた石を眺めていると、ヨーロッパの町並みのように見えることがある、と碧さん。


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目を細めて見てみても、見つめられている、と感じる。


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たしかにこれは石なのだけれど、血液が流れているようにも。


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個々が意見を持ち、全体を見たときに心性が現れる。


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照明を変えて。
洞窟の壁画みたい、と碧さんは言った。


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作家が頭の中に描く豊潤なイメージを人に伝えられるよう明確に表現しようとすると、作品は作家に少なくはない代償を求めるという話を聞いた。


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本当に美しいものには風が吹いているらしい。


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一瞬ではあるけれど、静かな死の香りがした。


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撮影させていただいたのはもうすぐ見えなくなってしまう裏側で、これから見えてくる姿は鏡に映った左右反対の像だとのこと。
鏡の向こうにいる人は少し優しそうに見えた。


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最後に少しだけ、ポートレートを撮らせてくださいとお願いしました。
作品と碧さんが並ぶことで、伝わることがあるような予感がしたのです。


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写真でも伝わるかと思いますが、碧さんはしっかりと熱を持っている方でした。


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いろいろとお話を伺えば、自分の弱さを知った上で、そこを鍛えてこられたタフな女性だと感じましたが、基本的には優しさと厳しさの線引きがハッキリとしていて気持のよい人柄だと思いました。
あと、はなとねのベーグルと蒸しぱんを美味しいっつってぱくぱく食べてくれたので、この素晴らしい人に幸あれと思った。


帰り際、たくさんの刺激をいただいたことを上手く伝えられず、「ありがとうございました」とだけ言ってアトリエを後にしました。

家に向かう道すがら、心地よく疲れた頭でぼんやりと、太陽が降り注ぐ異国の地で石を並べるひとりの人を想った。
そして、ひとりの精悍な顔立ちの青年の孤独を想った。
そして、ヨーロッパの町並みに流れる風の涼しさを想った。
そして、薄暗い洞窟で捧げられた祈りの純粋さを想った。

はるか遠い昔から今日まで連綿と続いてきた「誰かに何かを伝えたい」という気持のバトンをどれだけ遠くから受け取り、どこまで遠くへ受け渡せるか。

しっかりとご飯を食べ、ゆっくりと眠り、こころ動かされたことについて身近な人とおしゃべりをする。
それらささいなように思える日々の営みすべてもまた、これまで多くの(本当に多くの)人々が繰り返しやってきたことだと感じ、これからの人々もこの楽しさを感じていくであろう、その繋がりの中に今があると、そう想った。


帰り道のそこかしこになめらかな気配は残っていたけれど、最後まで雨に会うことはなかった。


結局のところ、僕がいいたいのはただひとつ。


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みんな、はなとねのベーグルをいっぱい食べてネ!というただそれだけっス!



posted by はなとね at 01:21| Comment(4) | 日記
この記事へのコメント
こんにちは。
神戸市北区で作家の手仕事作品のネットショップを営んでいます「ゆるりら」の田實と申します。
いろんな方から(ouchiさんや、十場あすかさんなど・・・)はなとねさんのお名前は伺うのですが、なかなか
お会いする事ができずm(_ _)m
今回のモザイクのブログがあまりにも美しかったので、失礼を顧みずコメント欄を使わせて頂いてます。
ひとつひとつ、重なっていく石とそれを積む人の美しさに打たれました。絵を描くはしくれの身としては引き締まる思いです。良いものを見させて頂きました。ありがとうございました。
Posted by chie at 2014年02月10日 18:01
田實さん

はじめまして!しかし、いつもお世話になってます!
お名前は妻から何度となく聞いております。

ギャラリーにはなとねのフライヤーも置いてくださっているとのこと…。ありがとうございます…。


ブログの感想、ありがとうございます。

実物の迫力にはとても叶いませんが、シャッターを押した時のぞくぞくした感覚が伝わっていたら嬉しいです。

またギャラリーへも遊びに行かせていただきます。
大雪の日以降、寒い日が続いていますが、風邪などひかれませんよう、暖かくしてお過ごしくださいませ。

Posted by murakami at 2014年02月11日 08:07
お返事ありがとうございます。

またお会いする時を楽しみにしています。
魚上氷、川の氷が溶けて魚か水面に出てくる季節だそうです。
春が待ち遠しいです。

Posted by chie at 2014年02月12日 18:58
今年は雪も降って、ますます春が待ち遠しいですね。

小さい春を見つけながら暖かくなるのを楽しみたいと思います。
お会いできた際には仲良くしてやってください!

Posted by murakami at 2014年02月16日 02:45
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